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Advanced Topics in Statistical Physics by Hal Tasaki (Japanese)

統計物理学にかかわる少し進んだ大学院レベルの話題についての、互いにほぼ独立したミニコース集です。主として学習院大学大学院での講義にもとづいています。
今は古典系についての二つのミニコースと量子系についての三つのミニコースがあります。さらに増やせればうれしいです。 英語の手書きスライドを使って日本語で講義しました(同じ内容の英語版ミニコースもあります)。スライドはすべて以下からダウンロードできます。
かっこいいイラストは、おかざき真里さんが拙著のために描い下さったものです。今回、再利用を許可してくださった、おかざき真里さんに感謝します。

2次元イジング模型における相転移の存在証明(2025年)
2 次元 XY 模型には強磁性秩序がないこと(2025年)
量子スピン系と格子ハードコア・ボソン系における長距離秩序と対称性の自発的破れ(2026年)
可積分のそして非可積分の量子スピン鎖(2025年)
強磁性の起源と Hubbard 模型(2026年)

2次元イジング模型における相転移の存在証明 / Proof of the existence of a phase transition in the two-dimensional Ising model

強磁性体を理想化したモデルであるイジング模型(正しくは、Lenz-Ising 模型)は、古典統計力学の標準的な素材であり、無限自由度の系が示す相転移現象を深く理解・研究するための格好の舞台である。 ここでは、もっとも基本的な2次元の強磁性イジング模型には相転移が存在することを厳密に証明する。
Part 1 で背景と動機を説明したあと、Part 2 でモデルを完全に定義し、主要な定理を述べる。 Part 3 では、自由エネルギー密度の無限体積極限が存在し、境界条件の選択に依存しないことを証明する。 こうして定まった自由エネルギー密度の右微分によって自発磁化を定義する。これは、熱力学にもとづく、もっとも正統な自発磁化の定義である。 そして、Part 4 と Part 5 で、それぞれの確率幾何的な表現を導入することで、十分に高温では自発磁化がゼロであること、十分に定温では自発磁化が正である(つまり、自由エネルギー密度が微分不可能である)ことを証明する。この二つのパートがこのテーマの要である。
ここでは、統計力学の基本的な知識(特にカノニカル分布の定義と応用)を仮定するが、それ以外には特段の知識は仮定しない。必要な事実はすべて説明し、証明する。 数学については、解析学の初歩的な知識と集合の標準的な記法だけを前提にする。

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2 次元 XY 模型には強磁性秩序がないこと / The absence of ferromagnetic order in the two-dimensional XY model

古典 XY 模型は、ある種の異方性をもつ磁性体のモデルであり、また、超伝導体や超流動体の有効モデルでもある。 理論的には、連続的な対称性をもつもっとも簡単なスピン系と位置付けられる。 連続的な対称性をもつスピン系の挙動は、とくに2次元では、Lenz-Ising 模型などの離散的な対称性をもつスピン系とは本質的に異なっている。 2 次元の XY 模型は Kosterlitz-Thouless (KT) 転移と呼ばれる「エキゾチックな」相転移を示すことが知られている。
ここでは、XY 模型の低温でのふるまいを近似的に記述する Wegner のスピン波近似、そして、スピン波近似の結果が相関関数(と磁化)の厳密な上限を与えることを示す McBryan-Spencer の定理を紹介することを主要な目標にする。
Part 1 では少し時間をかけて、メインの内容と関連する古典スピン系(Ising 模型、XY 模型、Heisenberg 模型)の相転移についての一般的なことがらを解説する。 Part 2 は XY 模型の定義の整理なので短い。 Part 3 では、Wegner のスピン波近似をていねいに解説する。ここで扱うのは大胆な近似理論なのだが、順を追って計算をくわしく解説したので、かなり長くなってしまった。 Part 4 がメインとなる McBryan-Spencer の定理の証明である。定理は強力だが証明は魔法のように簡明である。 Part 5 では、ランダムカレント表示を用いて高温では相関関数が指数関数的に減衰することを証明する。これは一種の付録のつもりで用意したのだが、それなりに面白いと思う、
ここでは、統計力学の基本的な知識(特にカノニカル分布の定義と応用)を仮定するが、それ以外には特段の知識は仮定しない。必要な事実はすべて説明し、証明する。 数学については、解析学の初歩的な知識と集合の標準的な記法だけを前提にする。

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量子スピン系と格子ハードコア・ボソン系における長距離秩序と対称性の自発的破れ / Long-range order and spontaneous symmetry breaking in quantum spin systems and hard-core bosons on a lattice

多体系における秩序(トポロジカル相などではなく、20世紀から伝統的に研究されてきた秩序)を特徴づけるために、長距離秩序 (LRO = long-range order) と対称性の自発的破れ (SSB = spontaneous symmetry breaking)という二つの概念がある。 LRO と SSB はもちろん深く関わっているが、両者の関係は単純ではない。 特に、ハミルトニアンと秩序演算子が非可換なモデルでは、(ハミルトニアンの最小の固有値に対応する固有状態という通常の意味での)基底状態は LRO を示すが SSB を起こさないのが一般的である。 このような状況では低エネルギー状態 (low-lying states) の重ね合わせを用いて、完全な SSB を示す「マクロな基底状態」を構成できる。
この講義では、このストーリーがもっとも明快に見える横磁場イジング模型の例から出発し、連続な U(1) 対称性をもつ XY 模型とハードコア・ボソン系を舞台に、LRO と SSB そして低エネルギーの固有状態についての Koma-Tasaki の理論を紹介する。 「LRO を示すが SSB を起こさない基底状態は物理的に実現されるのか?」という問いについては、スピン系とボソン系では答えが異なることを見ていきたい。
実は、このテーマを理解することで、超伝導の BCS 理論や BEC の Bogoliubov 理論を学んだ人が抱く定番の疑問:
 (1) なぜ、超伝導や BEC 状態を異なった粒子数の状態の重ね合わせで表すのか?
 (2) 粒子数が一定なら超伝導や BEC は生じないのか?
 (3) 超伝導や BEC が生じると粒子数がゆらぐのか?
への明快な答えが得られるのだ。 (先走った注:せっかちな人のために答えを書いておくと、(1) 理論的に便利(「自然」と言ってもいいかも)だからで、必然ではない。粒子数一定の状態でも超伝導や BEC を表現できる、(2) 普通に生じる、(3) 少なくとも単一の孤立系なら粒子数は保たれるので揺らいだりしない;複数の系が接触する場合は話は別。)

Part 1 では、ごく大雑把な目標を述べたあと、この講義で一貫して用いる記号を定義する。 Part 2 ではウォームアップとして、古典イジング模型の低温での平衡状態について LRO と SSB の関わりを議論する。 Part 3 からが本題である。まず、ストーリーがほぼ自明な横磁場イジング模型の基底状態と第一励起状態についてみた後、それを一般化する Horsch, von der Linden の理論を紹介する。 Part 4 では、U(1) 対称性を持つ XY 模型を扱う。2次元以上では基底状態は LRO を示すという Kennedy, Lieb, Shastry および Kubo, Kishi の結果を土台に、Koma, Tasaki による、低エネルギーの固有状態(Anderson's tower)や完全な SSB を起こす状態についての厳密な結果を(証明抜きで)概観する。 Part 5 では、一転して、格子上のハードコア・ボソン系を扱う。実は、このモデルは数学的には Part 4 で扱った XY 模型と完全に等価である。ただ、状態空間の物理的な解釈が異なるため「LRO を示すが SSB を起こさない基底状態」の持つ意味が変わるのだ。

付記:2026年9月に収録した英語版では、スライドのミスや不正確なところを修正し、また「何が数学的な結果で何が(ぼくの)物理的信条なのか」を区別するように話しています。公開スライドは英語版に対応するものに差し替えました。

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可積分のそして非可積分の量子スピン鎖 / Integrable and non-integrable quantum spin chainsl

S=1/2 量子スピン鎖と呼ばれる量子多体系の標準的なモデルに関する、興味深い二つの話題を取り上げる。
一つは、 X 方向の外部磁場がゼロの場合にこのモデルが自由フェルミオン系と等価であり厳密に解けることを示した、Lieb, Schultz, Mattis による 1961 年の有名な結果である。
もう一つは、これとは対照的に、X 方向の磁場がゼロでない場合には、このモデルがむしろ可解でないことを示す、比較的新しい結果である。 2019 年の白石による研究を発展させて、2024 年に山口・千葉・白石はこのモデルには非自明な局所保存量が存在しないことを証明した。これは、この系が「非可積分的」であることを強く示唆している。
ここでは特別な予備知識を仮定せずこれら二つの結果をていねいに解説する。前提とする知識は、量子力学の角運動量の基本的な性質と、通常の波動関数形式で記述される多体フェルミ粒子系の初歩的な性質だけである。 とくに、消滅・生成演算子による多体量子力学の定式化(いわゆる第二量子化の方法)についての知識は仮定しない。

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強磁性の起源と Hubbard 模型 / The origin of ferromagnetism and the Hubbard model

強磁性体では、物質中の無数のスピンが相互作用した結果、全体としてスピンが向きを揃える磁気的な秩序が生じている。 磁気秩序を生み出すスピン間の相互作用の起源を理解することは、物性物理学における歴史的な難問である。 1928 年に Heisenberg は、電子がフェルミオンであること、そして電子が互いにクーロン相互作用し合うことから磁気的な相互作用が生まれるという「交換相互作用」の描像を提唱した。 量子論にもとづく現代的な磁性の理論の出発点である。
Hubbard 模型は固体中で強く相互作用しあう電子系を記述する標準的な(ただしかなり理想化された)モデルである。 電子を強束縛系として記述し、短距離でのクーロン相互作用を取り入れる。 Hubbard 模型は 1960 年代初頭に主として強磁性の起源を理解するために研究されたが、その後、反強磁性、フェリ磁性、モット絶縁体、さらには超伝導などの諸現象を記述しうることが明らかになってきた。 このミニ講義では、ある意味で原点に立ち返り、Hubbard 模型における強磁性の発現についての厳密な結果を少し詳しく見ていきたい。
Part 1 で簡単に背景と歴史を議論したあと、Part 2 で二電子系を舞台に交換相互作用について詳しくみる。ただし、この段階では波動関数にもとづく通常の量子力学だけを用い、Hubbard 模型には踏み込まない。 Part 3 で、Hubbard 模型を一般的に定義し、基本的な結果や簡単な例題をみる。 講義ではそれほど強調していないが、生成消滅演算子を使っていても(波動関数を使う)通常の多粒子系の量子力学とまったく等価であることを注意しておく(参考文献の「非相対論的量子力学における生成・消滅演算子の方法(いわゆる「第二量子化」)の手引き 」を参照)。 Part 4 では、Hubbard 模型における強磁性の初めての厳密な例である長岡の強磁性を解説する。 Part 5 では、平坦バンド強磁性を呼ばれる一連の結果のうち、Lieb のフェリ磁性と Mielke の平坦バンド強磁性を概観したあと、Tasaki(って、ぼくですが)の平坦バンド強磁性について証明を含めて少し詳しく解説する。
数学的な付録を二つ用意した。 Appendix 1 では、実対称行列における Perron-Frobenius の定理を紹介し証明する。 Appendix 2 では、一般次元のシュレディンガー方程式において(Perron-Frobenius の定理に対応する)基底状態の一意性と正値性を証明する。

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